小学1年生の母子登校支援事例|教室まで付き添わないと泣いていた子が、一人で登校できるようになるまで
- 2026/05/26
- 2026/05/14

小学校に入学してしばらく経った頃から、朝になると泣き出す。
学校の門までは行けても、教室の前でお母さんから離れられない。
学校では何とか過ごせているのに、翌朝になるとまた「ママと一緒じゃないと無理」と泣いてしまう。
低学年の母子登校では、このようなご相談が少なくありません。
付き添えば、学校には行ける。
でも、付き添いが続くほど「このままでいいのだろうか」と親御さんは悩みます。
いつまで続ければいいのか。
突き放すのは怖い。
でも、このまま付き添い続けていていいのかも不安。
その狭間で、毎朝判断し続けることに疲れていく親御さんも少なくありません。
今回は、小学1年生のお子さんが、教室までの付き添いから少しずつ距離を縮め、一人で登校できる日が増えていった支援事例を紹介します。
フィクションではありませんが、個人が特定されないよう状況の一部を変えています。
最初にお伝えしたいのは、母子登校は始まったこと自体が悪いわけではないということです。
不安が強い子どもにとって、親の付き添いが学校とのつながりを保つ支えになることもあります。
ただ、付き添いが続く中で「お母さんがいないと動けない」という状態になっていくと、次の一歩が難しくなることがあります。
この記事では、母子登校を無理にやめさせるのではなく、その子に合った形で「離れ方」をどう整えていったのか、実際の支援事例を通してお伝えします。
支援前の様子|入学後しばらくして始まった母子登校
このお子さんは、入学後の最初の数日こそ登校できていました。
しかし、4月中旬からGW明けにかけて、少しずつ行き渋りが強くなっていきました。
朝になると泣き出し、玄関で止まる。
通学路で足が止まる。
校門まで行っても中に入れない。
教室前まで行くと、お母さんから離れられなくなる。
最終的には、お母さんが教室の中まで付き添うことで、なんとか学校に入るという状態になっていました。
親御さんが戸惑ったのは、学校に入ってしまえば、授業を受けたり、給食を食べたり、友達と話せる日もあったことです。
帰宅後は比較的元気で、「今日は○○があった」と学校での出来事を話してくれることもありました。
それなのに、翌朝になるとまた泣く。
その繰り返しに、親御さんは悩んでいました。
「本当に学校が無理なのか」
「朝だけ頑張れば行けるのではないか」
「でも、毎朝泣かせるのもつらい」
「付き添えば行けるなら、付き添った方がいいのか」
答えが見えないまま、毎朝の登校時間が親子にとって大きな負担になっていきました。
母親の負担|「慣れるまで」の付き添いが、いつ終わるのか分からない
最初は、お母さんも「慣れるまで」と思って付き添いを始めていました。
入学したばかりだから。
新しい環境に不安があるから。
しばらくすれば落ち着くかもしれない。
そう思いながら付き添っていましたが、1週間、2週間、1ヶ月と続いていきました。
毎朝泣かれることで、お母さん自身も心身ともに疲弊していきました。仕事や家事の予定も崩れ、朝が来ること自体に緊張するようになっていました。
学校から「しばらく付き添ってください」と言われたこともあり、どこでやめればいいのかも分からなくなっていました。
母子登校がつらいのは、付き添う距離や時間だけではありません。
「今日も泣かれるのではないか」
「どこで離れればいいのか」
「無理に離れたら、もっと不安が強くなるのではないか」
「でも、このまま付き添い続けていていいのか」
そうした判断を、毎朝親御さんが背負い続けることのしんどさがあります。
泣かせて置いていくことへの罪悪感。
付き添いを続けることへの不安。
その両方が同時に押し寄せてくる。
そういう状態で、みちびきの支援が始まりました。
支援で見えてきたこと|母子登校が長引いていた背景
みちびきの支援では、まず「なぜ母子登校が続いているのか」を整理することから始めました。
母子登校が続いている時、表面的には「子どもが泣くから付き添っている」という形に見えます。
しかし、丁寧に見ていくと、家庭の中の関わり方、朝の流れ、夫婦の対応、学校との引き継ぎ方など、いくつかの背景が重なっていることがあります。
このケースでも、いくつかのポイントが見えてきました。
不安が出るたびに、付き添いが延びる流れになっていた
子どもが泣くたびに、お母さんは何とか安心させようとしていました。
「じゃあ今日はここまで一緒に行こう」
「もう少しだけいるね」
「泣き止むまで待つね」
目の前で泣いている我が子を前にすれば、少しでも安心させたいと思うのは自然なことです。
これは、親御さんが甘やかしていたという話ではありません。
ただ、その対応が続くことで、子どもの中に「不安が出たらお母さんが残ってくれる」「泣けば離れるタイミングが延びる」という流れができていました。
結果として、朝の別れ際になると不安が強くなり、その不安をお母さんに受け止めてもらうことで何とか保つ、という状態になっていたのです。
家庭内でも「ママがやって」が増えていた
学校だけでなく、家庭の中でもお母さんに頼る場面が増えていました。
朝の支度、ランドセルの確認、着替えの声かけ、持ち物の準備。
「ママがして」
「一緒にして」
「これで合ってる?」
そうした場面が日常の中で増えていました。
もちろん、小学1年生ですから、まだ親の手助けが必要なことはあります。
ただ、このケースでは、本来自分でできることまでお母さんが先回りして支えている場面が多くなっていました。
学校でお母さんと離れることだけが課題なのではなく、家庭の中でも「自分でやる前にお母さんに頼る」という流れが強くなっていたのです。
そのため、登校場面だけを切り離して対応しても、なかなか変化が出にくい状態でした。
父母で対応の方向がずれていた
お母さんは、子どもの不安を受け止めたいと思っていました。
一方で、お父さんは「甘えではないか」「もっと厳しくした方がいいのではないか」と感じていました。
お母さんは突き放すのが怖い。
お父さんは、このままではよくないと感じている。
どちらも、子どもを思う親心でした。
ただ、家庭の中で対応の方向がずれていると、子どもは安心して次の一歩を踏み出しにくくなります。
子どもの前で対応が揺れると、「今日はどこまで許されるのか」「泣いたらどうなるのか」が分かりにくくなるからです。
このケースでは、父母のどちらが正しいかを決めるのではなく、家庭としての対応の軸を整えることが必要でした。
先生や友達に頼る経験が少なかった
このお子さんは、お母さんがそばにいれば安心できる状態でした。
ただ、先生に自分から頼ることや、友達の輪に入ることは苦手でした。
困った時に「先生に言う」
分からない時に「助けて」と伝える
友達に自分から声をかける
そうした経験が、まだ十分に積まれていませんでした。
つまり、お母さん以外の人に助けてもらう経験が少なかったのです。
母子登校を変えていくには、お母さんと離れることだけではなく、母以外の大人や友達とつながる経験を少しずつ増やしていく必要がありました。
子どもの性格傾向|不安が強く、見通しがないことが苦手だった
このお子さんは、新しい環境への不安が強く、先の見通しがない状況が苦手なタイプでした。
失敗することや、人から注目されることも苦手でした。
気持ちを言葉で整理するよりも、泣くことで不安を表現することが多くありました。
「ママがいればできる」
「ママが一緒なら学校に入れる」
そうした安心感はありました。
ただ、その安心感が強くなりすぎることで、今度は「ママがいないと無理」という状態にもつながっていました。
このお子さんは、学校そのものを完全に拒否していたわけではありません。
学校の中に入ってしまえば、過ごせる場面もありました。
ただ、朝の別れ際に不安が一気に高まり、その不安を自分で整理することがまだ難しい状態でした。
この子に必要だったのは、叱ることでも、厳しく突き放すことでもありません。
不安があっても、少しずつ動ける経験を積むこと。
お母さん以外の人に頼る経験を増やすこと。
そして、「お母さんがいなくても大丈夫だった」という実感を育てていくことでした。
支援で行ったこと①|朝だけで解決しようとしない
母子登校が続いているとき、多くの親御さんは「朝、どう声をかければいいか」を考えます。
もちろん、朝の関わりも大切です。
ただ、朝は子どもの不安が最も高まりやすい時間帯です。
その時間に説得したり、条件を変えたり、その場で約束を変更したりすると、かえって離れることが難しくなる場合があります。
このケースでは、まず「朝に勝負をかけること」をやめました。
「今日はどこまで付き添うか」を朝に決めるのではなく、前日の落ち着いた時間に話し合って決めておく。
朝は、その流れに沿って動くだけにする。
この切り替えを行いました。
朝になってから、
「今日はどうする?」
「どこまで一緒に行く?」
「泣いているから、もう少し一緒にいようか」
と決めてしまうと、その日の不安の強さに合わせて対応が変わってしまいます。
だからこそ、落ち着いている時間に決めておき、朝は親子で交渉しない流れを作ることが大切でした。
これだけでも、朝の消耗は少しずつ変わり始めました。
支援で行ったこと②|家庭内で「自分でできること」を増やした
登校場面だけを変えようとしても、家庭の中で「ママに頼れば動いてもらえる」という流れが続いていると、なかなか変化は出にくいものです。
そこで、家庭の日常の中に「自分でやる場面」を意識的に増やしていきました。
朝の支度は本人がする。
ランドセルの確認も本人に任せる。
着替えや持ち物への声かけを減らす。
お母さんが手を出す前に、少し待つ。
「ママがやって」という言葉が出た時も、すぐに応じるのではなく、
「どこまで自分でできそう?」
「まず自分でやってみようか」
「困ったら、どこが分からないか教えてね」
と返すようにしました。
ここで大切にしたのは、できた・できなかったをすぐに評価しないことです。
「できたね」「できなかったね」と結果だけを見るのではなく、まず自分でやってみた事実を見る。
小さなことでも、自分で気づく。
自分で準備する。
自分で困りごとを伝える。
こうした経験を家庭の中で増やしていきました。
学校でお母さんと離れる力は、朝の校門だけで育つわけではありません。
家庭の中で、自分で考え、自分で動き、必要な時に助けを求める経験を積むことが、登校場面での一歩につながっていきます。
支援で行ったこと③|付き添いの距離を段階的に短くした
このご家庭では、「明日から一人で行こう」とはしませんでした。
母子登校を変えていく時に大切なのは、いきなり離すことではありません。
まず、今どこまでなら不安が強くなりすぎずに進められるかを確認しました。
その上で、少しずつお母さんが離れる位置を変えていきました。
最初は教室の中まで。
次に教室の入口まで。
その次は廊下まで。
下駄箱まで。
校門まで。
通学路の途中まで。
このように、その子の状態に合わせて段階を作りました。
大切にしたのは、変更を朝に決めないことです。
「今日はここまで」を前日に決めておく。
朝になって不安が出ても、その場で何度も交渉し直さない。
ただし、無理に置いていくのではなく、学校側に引き継ぐ流れをセットで作る。
この進め方を大切にしました。
子どもにとっても、「次はここまで」と分かっていることは大切です。
見通しがあることで、不安の高まり方が変わります。
反対に、その場その場で対応が変わると、子どもは「泣けば変わるかもしれない」「今日はどこまでなのか分からない」と感じやすくなります。
だからこそ、事前に決めた流れを大切にしながら、少しずつ距離を短くしていきました。
支援で行ったこと④|学校と連携し、先生に引き継ぐ流れを作った
お母さんが離れた後、子どもを受け止める大人がいること。
これは、母子登校を段階的に変えていく上でとても大切でした。
このケースでは、担任の先生と連携し、お母さんが離れるタイミングで先生が声をかける体制を作りました。
子どもが泣いても、先生側が受け止める。
お母さんが戻らなくてもよい流れを学校と共有する。
泣いた後に、学校でどう過ごせたのかを先生から親御さんに伝えてもらう。
このような連携を行いました。
母子登校を変えていく時、親だけで何とかしようとすると限界があります。
お母さんが離れた後に、先生が受け止めてくれる。
その後、子どもが学校で過ごせた事実を共有してもらえる。
この流れがあることで、お母さんも「離れた後どうなっているか」が分かり、離れることへの不安が少しずつ和らいでいきました。
変化の過程|教室前から、下駄箱、校門へ
変化は、泣かなくなることから始まったわけではありません。
最初は、泣きながら先生に引き継がれる日もありました。
お母さんから離れる時に泣く。
でも、その後は教室で過ごせる。
給食も食べられる。
帰る頃には落ち着いている。
そうした日が少しずつ増えていきました。
「泣いても行けた」
「お母さんがいなくても過ごせた」
「先生に助けてもらえた」
この経験が積み重なることで、子どもの中に「大丈夫だった」という実感が育っていきました。
教室の前で離れられるようになり、やがて廊下で、下駄箱で、校門で——少しずつ別れる場所が変わっていきました。
もちろん、一直線に進んだわけではありません。
前の日はできたのに、次の日は泣いてしまう。
下駄箱で離れられたのに、翌日は教室前まで戻る。
そういう日もありました。
それでも、全体としての流れは少しずつ変わっていきました。
最終的には、一人で登校できる日が増えていきました。
母親の変化|「泣かせないこと」から「乗り越える経験を支えること」へ
支援を通じて、お母さんにも大きな変化がありました。
最初は、子どもが泣く姿を見るたびに「かわいそう」「離れていいのだろうか」と罪悪感がありました。
泣かせないこと。
不安にさせないこと。
朝を穏やかに終えること。
それが、お母さんにとって大きな目標になっていました。
でも支援を進める中で、少しずつ考え方が変わっていきました。
泣くこと自体が失敗なのではない。
不安があること自体が悪いのではない。
泣いても、先生に引き継がれ、その後学校で過ごせたなら、それは子どもにとって大切な経験になる。
そう捉えられるようになっていきました。
お母さんにとって大きかったのは、「泣かせないこと」がゴールではないと分かったことでした。
子どもの力を信じて待つことができるようになり、朝の判断を毎日一人で背負う重さも、少しずつ軽くなっていきました。
この事例から見える母子登校支援のポイント
このケースを通して見えてきたことがあります。
母子登校は、無理にやめさせればいいものではありません。
不安が強い子どもにとって、親の付き添いが学校とのつながりを保つ支えになることもあります。
ただ、付き添いが長期化し、親子ともに苦しくなっている場合は、離れ方を整理する必要があります。
朝だけを変えようとしても、家庭の中の関わり方が変わらなければ、根本は動きにくいことがあります。
家庭の中で自分でできることを増やすこと。
母以外の人に頼る経験を積むこと。
学校と連携し、先生に引き継ぐ流れを作ること。
その子に合った段階を見極めながら、付き添いの距離を少しずつ変えていくこと。
こうした積み重ねが、登校場面での一歩につながっていきます。
そして最も大切なのは、泣かないことをゴールにしないことです。
不安があっても、先生に引き継がれ、学校で過ごせた。
お母さんがいなくても大丈夫だった。
困った時に、先生に助けてもらえた。
そうした経験を積み重ねることが、子どもの自信につながっていきます。
母子登校を変えていく時に大切なのは、突き放すことではありません。
かといって、不安が出るたびに付き添いを延ばし続けることでもありません。
その子に合った段階を見極めながら、少しずつ「お母さんがいなくても大丈夫だった」という経験を積んでいくことが大切です。
母子登校が続いているなら、一度状況を整理してみてください
「教室まで付き添わないと入れない」
「付き添いをいつまで続ければいいのか分からない」
「泣かれると離れることができない」
「学校では過ごせているのに、翌朝になるとまた泣いてしまう」
そのような状況の中で、親御さんだけが毎朝判断し続けることは、とても大きな負担になります。
母子登校は、家庭によって背景が違います。
子どもの不安の強さ。
家庭での親子の関わり方。
お母さんへの依存の強さ。
学校側の受け入れ体制。
先生との連携のしやすさ。
それらによって、必要な進め方は変わります。
一律に「こうすればいい」とは言えないからこそ、その子に合った段階を見極めることが大切です。
みちびきでは、母子登校や行き渋りで悩むご家庭に対して、家庭内の関わり方や学校との連携、子どもに合った段階的な離れ方を一緒に整理しています。
親御さんだけのご相談からお受けしています。
「このまま付き添いを続けていいのか分からない」
「一人で登校できるようにしたいけれど、どう進めればいいか分からない」
「まずは今の状況を整理したい」
そう感じている方は、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
プロフィール

佐藤 博家庭教育コーディネーター/
代表カウンセラー(みちびき)
15年間、不登校や母子登校のご家庭を訪問支援。子どもの「自分で社会とつながる力」を育む土台づくりに尽力。文科省協力者会議委員やいじめ対策委員も歴任。「傾聴で終わらせない、変化につながる関わり」が信念。お子さんへの直接支援に加え、ご家庭の課題を可視化し、親御さんと共に解決するスタイルが特長。家庭教育等の講演・研修も多数。「家庭からはじまる社会的自立支援」を推進します。

鈴木 博美家庭教育コーディネーター/
統括ディレクター(みちびき)
家庭教育アドバイザー・訪問カウンセラーとして9年間、不登校や親子関係に悩むご家庭を支援。2025年、支援10年目を迎えます。全国の家庭への直接支援を通し、親御さんとの対話で子どもの社会的自立をサポート。家庭内の会話や関わり方を可視化し、非認知能力を育む声かけや実践的なアドバイスで親子に伴走。保護者向けセミナーや講演も多数。「支援に迷う方こそ安心して相談できる存在」を目指し、家庭の再構築に丁寧に取り組みます。











